
「粗食による脳の栄養不足は、認知機能を低下させるって、ホントですか?」

「脳も体の一部。元気のもととなる栄養が大切です。実際に、粗食による脳の栄養不足は認知機能を低下させる大きな原因であることが、東京都健康長寿医療センター研究所の長年の研究から分かってきました。脳年齢を若く保つために必要な栄養素や心掛けたい食べ方について、ご説明いたします。」


栄養不足は全身の老化を加速
中年期以降の食生活で、気をつけたいのは粗食による栄養不足です。中年期までは、野菜や海藻類、きのこ、魚などを積極的に摂り、高エネルギー、高脂肪にならない食事が大切といわれてきましたが、中年期を過ぎたらその考えは当てはまりません。
あまり動かないような暮らしをしていると、食欲がなくなってきたり、かむ力が弱くなり、やわらかいものばかり食べるようになってきたりします。簡単で偏っている食事で済ませてしまうこともあります。その結果、全身の老化が加速され、筋肉や骨が弱り、血管の壁がもろくなり、免疫力が低下してしまいます。
中年期以降に注意したいのは、メタボ対策よりも栄養不足です。
臓器の一つである脳も例外ではない
粗食は、脳の老化とも強く関連しており、全身の老化が進めば、当然、脳の老化も進みやすくなります。また栄養不足が招く血管の老化によって、脳の毛細血管が小さな脳梗塞を起こすことがあり、血管性認知症を発症するリスクも高まります。
さらに怖いのは、なかなか自分では栄養不足だと気づきにくいこと。そのため、じわじわと脳の働きが低下して、動いたり考えたりすることが面倒になり、活動量が少なくなるため食欲もわかず、食が細くなり、ますます栄養が足りなくなるという悪循環に陥る危険性があります。
上の項目に当てはまるものが多い人は、ぜひ日々の食事の内容を見直しましょう。
認知機能が低下する人に共通する食事とは
脳の老化予防を目指すためには、あくまでも日々の栄養のバランスが土台。下記の10品目を毎日食べることが基本ですが、高齢者を対象に、栄養状態と認知機能との関係を追跡調査したところ、タンパク質や脂質が十分に摂れていない人は、認知機能の低下リスクが高いことが分かりました。
具体的には、血液検査でアルブミンやコレステロールの数値を調べました(右囲み)。アルブミンは血液中のタンパク質の一種で、栄養状態を測る物差しといわれ、動物性タンパク質がきちんと摂れていないと減少します。コレステロールは脂質の摂取量と関係しており、それらの栄養素の不足が認知機能の低下を促進すると考えられています。
動物性タンパク質と脂質の不足が落とし穴
動物性タンパク質は、細胞を作る大切な材料で、体内では合成できない9種類の必須アミノ酸がバランス良く含まれています。また、脳は水分を除くと約6割が脂質です。脳の神経細胞からは情報を信号で伝えるケーブル(軸索)がのびており、その情報伝達の通路を脂質が包んで守っています。
また脳内の細胞膜などに含まれ、脳の重要な働きをしているARAやDHA・EPAも、体内で作られにくい必須脂肪酸のため、不足しないようにきちんと補う必要があります。


もともと魚をよく食べてきた日本人
青魚には認知機能などに関係するDHA・EPAが、肉や卵には記憶や学習能力に関わるARAが多く含まれています。これらの必須脂肪酸は、お互いに補助的に働き合っていると考えられており、バランス良く摂ることが大切です。
もともと魚をよく食べてきた日本人の中には、魚は足りていても肉はきちんと摂れていない人が少なくないようです。脳の老化予防と健康寿命を延ばすため、歳を重ねるほど肉も魚もしっかり食べましょう。
食事を楽しむ気持ちと環境づくりを
食事には、栄養を摂るだけでなく、旬の味覚を味わったり、家族や友人と会話をしたりする楽しみもあります。そうした心豊かな食卓は、食欲増進にもつながります。
また空腹感は、食事を美味しくいただくための一番のスパイス。そのために体を動かす習慣をもつことも大切です。しっかり食べて、元気に動く。そのサイクルが、健康寿命を延ばす原動力です。




愛媛大学大学院医学研究科博士課程修了後、同大学医学部助教授(公衆衛生学)を経て1998年より東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター研究所)勤務。専門は老年学・公衆衛生学。日本公衆衛生学会奨励賞、都知事賞などを受賞。著書に『50歳を過ぎたら「粗食」はやめなさい!』(草思社)など。