「リラクゼーションやメンタルトレーニングとして注目されているマインドフルネスって、
どのようなことですか?」
歳を重ねるとともに、過去のことや先のことなどに思いを巡らせることが増えてきた――。
そう感じることはないでしょうか。前向きに生きようと思っていても、
不安や心配などがあると、気持ちがそこから離れられなくなることも…。
そんな、次々と現れる心の重荷を、流れる雲のように受け流し、
すこやかな心で過ごす方法が「マインドフルネス」です。
近ごろ注目の心の整え方を、専門ドクターに教えていただきます。
「今ここに集中すること」などと訳されていますが、分かりやすくいうと、“心が落ち着いて、雑念がない”状態。アメリカで心身の健康管理に応用され、ストレス低減法として広がりました。その後、様々な医学的な効果が示されたことから、精神医学・心身医学の治療に取り入れられるようになり、一般の人々の間でもリラクゼーションやメンタルトレーニングとして注目が高まっています。
雑念がない≠ニいうと「心が無になる」状態をイメージする方が多いようですが、それは誤解です。なぜなら、無心になろうとしても、私たちの心の中には次から次へと雑念が浮かんでくるものだからです。
大切なのは、雑念が浮かんでも放っておくこと。その雑念に心がとりつかれると、苦しくなります。「ああ、雑念が浮かんだな…」と、雑念を客観的に眺めていれば、やがて消えていくはずです。
雑念というのは、いわば青空に浮かぶ雲のようなもの。私は病院で患者さんにマインドフルネスを指導する時、青空を流れて消えていく雲の動画を見てもらい、そのイメージを伝えています。
それは、脳そのものが本来、心配性な性格だからです。気になることがいろいろと浮かんでくるのは、生きていくためにリスクを回避しようとする本能ともいえるでしょう。
過去を振り返って後悔のネタを探したり、将来の不安や心配の材料を集めたりするのは、その人の性格のせいのように思われがちですが、実は脳の仕業。私たちは一日におよそ20万もの雑多なことを考えているのですが、その中身の多くはちょっとした後悔や何気ない不安です。そして、いつもそうした負の感情に追われている脳は、休まる暇がありません。
そこで、脳の情報処理をいったんストップさせて、脳を休ませてあげましょう。すると心が軽くなり、雑念がない状態に。そこに導くための手段が瞑想と考えてもいいのかもしれません。
脳の状態を机に例えると分かりやすいと思います。
何かの作業を続けていると、余計な物やゴミなどがどんどんたまって、周囲が散らかってきます。しかし、作業をいったんやめて机の上を全部かたづけ、きれいに掃除してあげると、すっきりして新鮮な気分になりますよね。
つまり、頭の中を、定期的にクリーンアップすることにより、気持ちもすっきりして穏やかな状態になるわけです。
こんな状態の時は、ストレスが軽減し、集中力や記憶力が向上することが分かっており、鍛錬すれば、感情を上手にコントロールできるようになったり、免疫の働きが高まったりすることも科学的に実証されています。
初心者には難しいことのように思えるかもしれませんが、誰でもすぐに心の状態をリセットすることができます。
実は、脳は心配性な一方で、ほかのところに意識が向くと、マイナスの感情がお留守になるという特性をもっています。掃除などに集中していたら、心配事が頭から消えていたという経験はないでしょうか。
それと同じことで、心が晴れない時には、とりあえず何か別のことに意識を集中すればいいのです。
日本には座禅の文化があり、マインドフルネスは比較的なじみやすい静的リラクゼーションです。時には流れる雲のように、身も心も解放してみてはいかがでしょうか。
1977年慶應義塾大学医学部卒業後、同大学医学部精神神経科学教室入局。90年より米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)精神科に留学。東海大学医学部教授、聖路加看護大学臨床教授、聖路加国際病院精神腫瘍科部長などを経て現職。聖路加国際病院診療教育アドバイザー、聖路加国際大学臨床教授も務める。『お医者さんがすすめる すごい瞑想』(PHP研究所)など著書多数。