「飲み込む力の衰えで、歳を重ねるほど深刻な問題が、“誤嚥” って知っていますか?」
食べること、呼吸をすることは、私たちの生命を支えるベース。
しかし、歳を重ねるとともに、かむ力だけでなく、のどや舌の筋力が低下し、
唾液の量も減るため、食べたものが飲み込みにくくなります。
そうなると、食欲が低下して低栄養を招いたり、食べ物や唾液中の細菌が誤って肺に入り、
「誤嚥性肺炎」を引き起こす危険も!
口やのどの機能を保つため、知っておきたい「飲み込む力」の大切さと、
誤嚥を防ぐための工夫について、専門家に伺いました。
私たちは普段あまり意識しないで食べ物を飲み込んでいますが、40歳を過ぎると、握力などが低下するのと同じように、
飲み込む力も少しずつ低下していきます。上図のような兆候が表れ始めたら、その初期サイン。では、なぜこのような変化が起きてくるのでしょうか?
食事中にむせやすくなったり、普通に飲めていた錠剤が飲み込みにくくなったりするのは、唾液の分泌量の減少や、口やのどの筋力低下が原因。
唾液がたまるのは、唾液の出過ぎと思いがちですが、通常、唾液は分泌されると自然に飲み込まれています。飲み込めていないから口にたまると考えた方がいいでしょう。
食後の咳は、うまく飲み込めずのどに引っかかった食べかすを、咳によって吐き出そうという体の反応と考えられます。また、舌の上に付着した汚れは、
ばい菌などが繁殖した舌苔で、唾液の分泌が少ない人は付きやすいので注意が必要です。
歳とともに食べる量が減ってくる原因の一つには、飲み込みにくいなど、食事の食べにくさが考えられます。
食べたくなくなる状態が続けば、低栄養を招きやすく、筋肉が減るサルコペニアなど、全身の機能低下につながる心配があります。こうした口やのどの機能低下から起こる“負の連鎖”が今、問題になっています。
飲み込む力の衰えで、歳を重ねるほど深刻な問題になるのが「誤嚥」です。誤嚥とは、食べ物や飲み物、唾液が正しく飲み込めず、誤って気管に入ってしまうこと。
それは、ものを飲み込む「嚥下」と、空気を出し入れする「呼吸」の二つの作業を、一つののどで行っている人間の宿命でもあります。
実は、私たちがものを飲み込む瞬間には、0・8秒ほど呼吸が止まっています。それは、食べ物などが鼻腔や気管に流れないように、自動的に二つのふたが閉じ、空気の通り道(気道)をふさいでいるからです(下図)。
普段意識することはありませんが、私たちののどの中では、ものを飲み込むたびにこうした作業が行われているのです。
ところが、加齢とともに口やのどの筋力が低下すると、気道を閉じるふたの動きも鈍くなり、食べ物などが流れ込むタイミングに間に合わなかったり、ふたがしっかり閉じなかったりするために、誤嚥が起こりやすくなります。
誤嚥した時に、むせたり咳が出たりするのは、食べ物を気管から吐き出そうとする正常な反応ですが、
やがて胸の筋肉が衰えて、むせたり咳き込んだりする力が衰えると、うまく吐き出せず、食べ物などと一緒に細菌が肺に入って起こる「誤嚥性肺炎」や、窒息を招く危険があります。
しかし、下図のような体操で、飲み込む力を保っていれば、誤嚥のリスクも低下します。そうした意識と習慣が、いつまでも食事や会話を楽しみ、全身の健康を維持することにつながります。
日本大学歯学部卒業。専門は歯科補綴(義歯)学、高齢者歯科、摂食嚥下機能など。日本大学歯学部摂食機能療法学講座兼任講師、日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士。 2012年寺本内科・歯科クリニックを開業、訪問診療も実施。日本摂食嚥下リハビリテーション学会、老年歯科医学会所属。共著に『誤嚥性肺炎で困らない本』(河出書房新社)がある。